富士山本宮浅間大社と湧玉池――心が洗われる夫婦の休日さんぽ

富士山本宮浅間大社と湧玉池――心を清める夫婦の休日旅へ


子育てを終え、ようやく二人の時間が戻ってきた。
けれど、忙しかった日々の名残りが、まだどこか心の奥に残っている――。
そんな50代の夫婦にこそ訪れてほしい場所があります。

それが、富士山の麓に佇む富士山本宮浅間大社と、
その境内に湧き出る神秘の泉、湧玉池(わくたまいけ)

ここには、観光地のような賑わいよりも、“静けさが教えてくれる時間”が流れています。
鳥居をくぐれば、風が肌を撫で、木々のざわめきが遠くで響く。
その音ひとつひとつが、心の奥にたまったざらつきを洗い流していくようです。

私たちは、いつの間にか「言葉よりも早く動く日々」に慣れてしまいました。
けれど、本当の癒しは“立ち止まること”の中にあるのかもしれません。
そして、夫婦で手を合わせる時間の中にこそ、長く続いてきた関係をもう一度やさしく結び直す力があるのです。

この旅では、朱に染まる参道を歩き、湧玉池の水面に心を映し、そして静けさの中で“ありがとう”を取り戻す――。

そんな“心を整える夫婦の休日”を、富士の麓からご案内します。


目次

第1章 朱に染まる参道を歩く――富士山本宮浅間大社の静けさに包まれて

全国1300社の頂点へ――富士信仰が息づく“総本宮”の物語

静岡県富士宮市に鎮座する富士山本宮浅間大社は、全国に約1300ある浅間神社の総本宮として知られています。
その歴史は平安時代初期、富士山の噴火を鎮めるために創建されたことに始まります。

主祭神は木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)
火と水を司る女神であり、炎の中で子を産み、自らの潔白を証明した――そんな強さと優しさを併せ持つ神として知られています。
その清らかな御心は、訪れる人々の心を穏やかに包み込みます。

社殿の背後にそびえる富士山そのものが御神体であり、社の中心に立てば、まるで富士の神と向き合っているような感覚を覚えるでしょう。
ここでは“願う”よりも“感謝する”参拝が似合う。
富士を仰ぐ信仰は今も息づき、訪れる人々の心を静かに整えてくれます。


夫婦で歩く参道の音色――五感で感じる癒しの時間

鳥居をくぐった瞬間、空気が変わる。
高い木々の間からこぼれる光と、風が運ぶ葉擦れの音。
そこには、都会ではなかなか感じられない“静けさの質”があります。

参道を歩けば、砂利を踏む音が小さなリズムを刻みます。
それは、夫婦二人の歩調が自然と揃っていくような音。
言葉を交わさなくても、心が寄り添う時間です。

やがて現れるのが、国指定重要文化財の「楼門」
朱の色彩が朝日を受けて輝き、その奥には荘厳な「拝殿」「本殿」が並びます。
その空間に立つと、時がゆっくりと流れ出すような感覚に包まれます。

光が柱に反射し、陰影が生まれるその様子は、写真よりも深く心に残る景色。
木の香り、風の匂い、足元の感触――五感を通じて感じる浅間大社は、“整える旅”の入り口そのものです。


ノブさん

この朱の色、なんだか心が落ち着くね

マミさん

派手じゃないのに、温かいよな。人の優しさみたい


第2章 湧玉池――富士の命が宿る、静謐の青

富士の雪解けが生む透明な青――“命水”が流れる奇跡の池

富士山本宮浅間大社の奥に広がる湧玉池(わくたまいけ)は、まさに“富士の命が宿る場所”です。
富士山の雪解け水が長い年月をかけて地中をくぐり抜け、清らかな水として湧き出す――。
この循環は、千年以上ものあいだ途絶えることなく続いています。

環境省の「日本名水百選」にも選ばれた湧玉池は、底の砂までくっきりと見えるほどの透明度。
朝の光が差し込むと水面が青くきらめき、ゆらぐ波がまるで命の鼓動のように感じられます。
ただ眺めているだけで、心がゆっくりと整っていく――。
そんな不思議な力が、この池には宿っています。

水面に映るのは、富士山、社殿、そして空。
自然と信仰と人が溶け合い、まるで静謐な絵画のような景色です。
特に朝9時前後、陽光が斜めに差し込む時間帯は、最も美しい撮影の瞬間。
レンズを向ける人々の表情も穏やかで、どこか祈りにも似た静けさが漂います。

地元では、湧玉池の水を「命水(めいすい)」と呼ぶ人も少なくありません。
“富士山は生きている”という言葉が、ここで現実のものとなるのです。


修行者が身を清めた“禊の池”――古から続く祈りの儀式

この湧玉池は、かつて富士登山を志す修行者たちが禊(みそぎ)を行った神聖な場所でもあります。
登山前に身を清め、心を整え、山へ挑む――。
それは単なる儀式ではなく、「自然と向き合う覚悟を示す行い」でした。

現在もその風習は息づき、毎年夏の「お山開き」では、白装束の登拝者たちがこの水で手を清め、
富士の神に祈りを捧げます。

池のほとりに立つと、水音が絶え間なく耳に届きます。
その響きは、まるで心の奥に語りかけてくるようで、気づけば肩の力が抜け、呼吸が深くなっていくのが分かります。

冷たく澄んだ水、やわらかな光、湿った空気――。
そのすべてが「生きている富士」を体感させてくれる。
ゆっくりと歩きながらその流れに身を委ねれば、日々のざわめきが静かにほどけていくのを感じるでしょう。


マミさん

この音、まるで会話みたいね。言葉にしなくても伝わる感じがする

ノブさん

人の関係も水みたいに、流れに任せるとまた澄んでいくんだろうね


第3章 ご利益と御朱印――夫婦で祈る“再縁と健康”

“富士の神”が見守る3つの願い――家庭円満・健康・再出発

富士山本宮浅間大社の御祭神である木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)は、
「家庭円満」「安産」「火難除け」の神として古くから信仰を集めてきました。
けれどもそのご利益は、もっと深く――“命を守り、絆を結ぶ”という意味を持ちます。

富士山の自然を背にしたこの社では、祈りは「願掛け」ではなく、
“生きる力をいただく”という感覚に近い。
50代を迎えた夫婦にとって、健康や家族、そしてこれからの関係を見つめ直す場所として、
浅間大社は特別な意味を持っています。

鳥居をくぐり、手水舎で手を清め、鈴を鳴らし、深呼吸をして心を落ち着ける。
その一連の動作の中で、自然と心が整い、日々の緊張がほどけていくのを感じます。
願いを伝えるときは「~になりますように」よりも、
「~でいられますように」と感謝の言葉に変える。
それがこの神社にふさわしい、“富士の神に寄り添う祈り方”です。

手を合わせる二人の間に、言葉はいりません。
「これからも健康で」「一緒に歩いていこう」――
そんな想いが自然と重なり合うとき、
浅間大社の清らかな空気が、二人の未来を静かに包み込みます。


御朱印と御守りで残す夫婦の証――“絆を形にする旅”

境内の授与所には、美しい御朱印帳と御守りがずらりと並びます。
中でも人気なのが、「夫婦円満守」「健康長寿守」
どちらも木花之佐久夜毘売命を象徴する桜の紋があしらわれ、
その優しい色合いが手にする人の心をほっと温めてくれます。

御守りを選ぶとき、マミさんは少し迷って言います。
「健康かな、それとも夫婦円満?」
ノブさんが笑って答えます。
「どっちも、これからの“必需品”だね」

そんなやり取りもまた、旅の小さな儀式。
手のひらに御守りを包み込む瞬間、お互いの存在を改めて大切に思い出すのです。

そしてもう一つの楽しみが御朱印
富士山本宮浅間大社の御朱印には、堂々とした墨文字と、力強い富士の印章が押されています。
それは単なる記念ではなく――「夫婦でこの地を訪れた証」として残る、かけがえのない記録です。

ページをめくるたびに蘇る旅の記憶。
そこには言葉では語れない二人の足跡が刻まれています。
御朱印帳は、神社を巡るだけのノートではなく、夫婦の人生を写し取るアルバムでもあるのです。


マミさん

この朱印、桜の印まで入ってる。きれいね

ノブさん

二人で押してきた証、増やしていこう。


第4章 四季が描く“夫婦の情景”――春夏秋冬の浅間大社

春――桜と富士山が出会う奇跡の景色

富士山本宮浅間大社の春は、まさに「生命の再生」を象徴する季節です。
3月下旬から4月上旬にかけて、境内には約500本のソメイヨシノが咲き誇り、富士山の白と桜の薄桃色が織りなす風景は、まるで絵画のよう。
地元では「富士と桜が最も美しく重なる場所」として親しまれています。

おすすめの時間は朝の8時前
参道に差し込む朝日が花びらを透かして輝き、人の少ない静かな空気の中で春の息吹を感じられます。
50代の夫婦にこそ似合う、ゆったりとした時間の流れ。

桜が咲き始める頃、参道を吹き抜ける風はやわらかく、散り際の花びらでさえ、人生の美しさを語るよう。
咲いて、舞って、また戻る――
その循環の中に、夫婦の歩みが重なります。


夏――湧玉池の涼とお山開きの熱気

夏の浅間大社は、富士山信仰が最も輝く季節
7月1日の「富士山お山開き祭」では、太鼓の音が響き、白装束の登拝者たちが湧玉池の水で身を清めてから登山へ向かいます。

その光景は、古くからの信仰が今も息づいていることを教えてくれます。
「祈り」は形だけではなく、生き方の中にある。
そう感じられる時間です。

一方、夏の湧玉池は、木陰の涼しさと水面のきらめきが心地よく、真夏の陽射しの中でもひときわ涼やか。
水の音がまるで「深呼吸して」と語りかけてくるようです。

炎の季節に、心を冷ます。
その対比こそが、夏の浅間大社の美しさなのです。


秋――紅葉が包む夫婦時間

秋の浅間大社は、色彩が深まる季節。
11月中旬から下旬にかけて、モミジやケヤキが赤や金に染まり、湧玉池の水面には、絵の具を溶かしたような紅葉が映ります。

観光客の少ない午前9時前後が狙い目。
池の水が鏡のように澄み、風も穏やかで、まるで自然が時間を止めてくれているかのよう。

秋の旅は、ただ景色を見るだけではなく、自分たちの歩んできた時間を静かに振り返るきっかけにもなります。
季節の彩りが、過去を優しく照らしてくれる。

50代の夫婦にとって、秋の浅間大社は“心の調律”を取り戻す場所です。


冬――雪の社殿と静寂の祈り

冬の浅間大社は、まるで時間が止まったような静けさに包まれます。
雪が朱色の社殿を覆う光景は幻想的で、冷たい空気の中に清らかな緊張感が漂います。

観光客が少ないこの季節は、浅間大社の本当の素顔に出会える時期。
音が少ないからこそ、心の声がよく聞こえる――。
そんな体験ができるのが冬の魅力です。

境内で手を合わせると、「感謝」や「祈り」といった言葉さえ小さく見えるほど、自然の偉大さと自分の小ささを実感します。

沈黙の中で寄り添うこと。
それが、冬の浅間大社が夫婦に教えてくれることなのかもしれません。


マミさん

桜の春もいいけど、冬の静けさも好き

ノブさん

どの季節も、二人でいれば景色が変わるんだな


第5章 富士宮をのんびり巡る――夫婦で楽しむ寄り道スポット

浅間大社から徒歩圏内――文化とグルメの小さな旅

参拝を終えたあとは、境内の余韻を感じながらゆっくり歩いてみましょう。
浅間大社のすぐ隣にあるのが、富士山の成り立ちや信仰を学べる「静岡県富士山世界遺産センター」
逆円すい型の特徴的な建物は、まるで“逆さ富士”を模したデザインです。

内部では、映像や模型を通して富士山の地質や歴史、さらには信仰文化の背景まで学ぶことができ、
参拝を終えた後に訪れると、浅間大社の存在がより深く理解できます。

最上階の展望フロアからは、ガラス越しに本物の富士山がそびえ立つ姿を望むことができ、
晴れた日には息をのむほどの迫力。
知的好奇心と感動が同時に満たされる、まさに“大人の学び旅”の空間です。

歩き疲れたら、地元名物の「富士宮やきそば」でひと休み。
市内には老舗から新進まで数多くの専門店があり、香ばしいソースの香りに誘われるように行列ができるほどの人気ぶりです。

太めでもちもちの麺に、キャベツの甘みと削り粉の香りが重なり、どこか懐かしい“昭和の味”。
参拝の余韻を残しながら、夫婦で湯気の立つ鉄板を前に並んで座れば、「昔はよく屋台で食べたね」なんて思い出話が自然とこぼれることでしょう。

ゆっくりと食事を楽しむその時間こそが、“夫婦の旅のごちそう”なのかもしれません。


車で10分、癒しの絶景へ――白糸の滝と田貫湖ドライブ

浅間大社から車で20分ほど走ると、世界文化遺産にも登録された名瀑、「白糸の滝」が現れます。

高さ20メートル、幅150メートルの岩肌から、無数の細い水の糸が流れ落ちるその光景は圧巻。
富士山の伏流水が地中から湧き出し、幾筋もの白線となって岩壁を伝う様子は、
まさに“富士の息吹”を感じる瞬間です。

滝つぼ付近は真夏でもひんやりと涼しく、霧のような水しぶきが頬にかかると、体だけでなく心まで洗い流されるような感覚になります。

次に訪れたいのが、白糸の滝からさらに車で10分の「田貫湖(たぬきこ)」
ここでは、風のない朝にだけ現れる“逆さ富士”が有名です。
鏡のように静まった湖面に映る富士の姿は、ただ美しいだけでなく、どこか荘厳さすら感じさせます。

湖畔のベンチに腰を下ろし、コーヒーを片手に眺める時間――。
それは観光というより、「心の休息」。
言葉の少ない時間ほど、二人の呼吸は穏やかに重なっていきます。

50代になった今だからこそ味わえる“語らない共有”。
富士宮の自然は、その静かな会話を優しく包み込んでくれます。


マミさん

こういう景色、若い頃はすぐ写真撮ってたけど、今は見てるだけでいいね

ノブさん

うん、写真より、心に焼きつけるほうが長持ちするよね!


第6章 アクセス・駐車場・滞在時間ガイド

電車・車・バスで行く富士山本宮浅間大社

富士山本宮浅間大社は、静岡県富士宮市の中心部に位置し、富士山観光の拠点としても非常にアクセスの良い立地にあります。

最寄駅は、JR身延線の「富士宮駅」
駅からは徒歩でおよそ10分ほど。
商店街を抜け、ゆるやかな坂道を登ると、朱色の鳥居が見えてきます。
途中にはカフェや土産物店も点在しており、参拝の前後に立ち寄るのも楽しみのひとつです。

車の場合は、東名高速道路「富士I.C.」または新東名高速道路「新富士I.C.」から約20分。
週末ドライブにもぴったりの距離です。

境内には無料の市営駐車場(約150台)が整備されており、平日なら比較的スムーズに駐車できますが、春の桜や秋の紅葉シーズンは混雑するため、午前9時前の到着が理想です。

また、観光バスやシニア旅行などで訪れる場合は、富士宮駅発の「富士宮ぐるっとバス」が便利。
浅間大社・白糸の滝・世界遺産センターなど、主要観光地を1日で効率よく巡ることができます。


ノブさん

ここなら道もわかりやすいな。運転も気が楽だ

マミさん

ナビより頼りになるから安心してるわ


滞在時間の目安とベストタイム

浅間大社と湧玉池の参拝、そして周辺散策やランチまで楽しむなら、滞在時間は2〜3時間が目安です。

おすすめの流れは、

  • 1時間目:参道を歩きながら境内参拝
  • 2時間目:湧玉池の散策と撮影
  • 3時間目:富士宮やきそばなどランチタイム

という、「静」と「動」を交互に感じる3時間プラン
慌ただしく回らず、ゆっくりと時間を味わうことが、浅間大社の魅力を最大限に引き出すコツです。

特におすすめなのは午前8時〜10時台
朝の光がやわらかく、境内の朱色が金色に染まり、人も少なく、風と鳥の声だけが響く時間帯。
この時間に訪れると、水面が鏡のように静まり、心までも澄み渡るような感覚に包まれます。


マミさん

朝の光って、風景も人も優しく見せてくれるね

ノブさん

一日の始まりをここで迎えると、心が整う気がする


第7章 夫婦で訪れる意味――“言葉よりも静けさを分かち合う旅”

言葉がなくても伝わる――50代夫婦の“共鳴の時間”

長い時間を共に過ごしてきた二人にとって、「会話の多さ」よりも「空気の穏やかさ」が大切になる時期があります。
50代という年代は、まさにその“沈黙の優しさ”を実感できる時期。

富士山本宮浅間大社を歩いていると、周囲のざわめきが消え、風の音と水のせせらぎだけが響きます。
まるでこの神社そのものが、「言葉のいらない対話」を教えてくれているかのようです。

人は若い頃、相手の言葉を“理解する”ことに一生懸命になります。
けれど年を重ねると、“感じ取る”ことの方が大切だと気づく。
浅間大社で過ごす静かな時間は、その感覚を思い出させてくれる場所です。

互いの呼吸が自然と重なり、歩調がそろっていく。
言葉がなくても「今、一緒にいる」という確かな実感がそこにある。
その穏やかな共鳴こそが、50代夫婦の旅の本当の醍醐味なのです。


湧玉池のほとりで思い出す“ありがとう”

湧玉池の水面は、季節や光によって色を変えます。
春は淡く、夏は青く、秋は黄金に、そして冬は静かな銀色に。
その変化を見つめていると、人の関係もまた、時を重ねながらゆっくりと深まっていくものだと気づかされます。

池のほとりで立ち止まり、耳を澄ますと、水音が心の奥に語りかけてくるよう。
日常の中では言えなかった言葉が、ふと浮かんでくることがあります。

それは――「ありがとう」。

若い頃には照れくさくて言えなかった一言も、静けさの中なら、すっと口に出せる。
富士の清らかな水は、そんな“感謝を思い出す力”を持っているのです。

湧玉池に映る富士と、自分たちの影。
そこには過去でも未来でもない、“いま”という時間の二人がいます。
言葉よりも静けさの中に、絆が深まっていく。
それが、夫婦で浅間大社を訪れる意味なのです。


マミさん

昔より“ありがとう”が言いづらくなった気がする

ノブさん

言わなくても分かるって思ってたけど、やっぱり言葉にしたほうがいいな


第8章 まとめ――富士の麓で、もう一度“心を寄せる”休日

富士山本宮浅間大社を訪れる旅は、単なる観光ではなく、「心を整える旅」です。

長年連れ添った夫婦にとって、日常は積み重ねの連続。
その中で、感謝や優しさが少しずつ言葉の隅に埋もれてしまうこともあります。
けれど、浅間大社の参道を歩いていると、その“積み重ね”さえも包み込むような静けさが、確かに存在します。

境内の空気には、言葉にならない“間(ま)”があります。
鳥の声、風の音、木々の香り――それらが心を静かに整え、気づけば、呼吸のリズムがゆっくりと優しくなっていく。
この場所は、まるで心のリセットボタンのような存在です。

そして、その象徴ともいえるのが湧玉池
富士山の伏流水が絶えることなく湧き続けるこの池は、
「命の源」と呼ぶにふさわしい神聖な空間。
水面をのぞき込めば、ただの風景ではなく、“自分たちの心”が静かに映っているのを感じます。

マミさんが池を見つめてつぶやきます。
「この音、ずっと聞いていたいね」
ノブさんがうなずいて答えます。
「うん。次は季節を変えて来ようか」

そんな何気ない会話が生まれるのは、この場所が“心の余白”を与えてくれるから。
派手な観光地のような刺激はないけれど、浅間大社には、沈黙の中にこそある幸福が息づいています。

夫婦で訪れ、並んで手を合わせ、富士の風に吹かれながら過ごす数時間。
そのひとときが、これからの暮らしを少しだけ優しく、少しだけ前向きにしてくれる。

「また一緒に来よう」
そんな言葉が自然とこぼれたら、それは旅の締めくくりではなく――二人で歩き続ける未来への約束です。


マミさん

また来ようね、次は紅葉の季節がいいな

ノブさん

いいね。季節が変わっても、ここは変わらない気がする

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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